PR

最近の正義のミカタ、胡散臭い学者が出ているのはなぜ 

PR
スポンサーリンク

最近の正義のミカタに胡散臭い学者が出ている訳 

ABCテレビの『教えて!ニュースライブ 正義のミカタ』をはじめとするニュースバラエティ番組において、「出演している学者の主張が極端だ」「胡散臭い」と感じる視聴者は少なくありません。

これには、番組の制作方針や、テレビ業界特有の構造的な理由がいくつか絡んでいます。

2026年7月25日 温暖化の解説の違和感

昨日(7月25日は土曜日)の放送で、猛暑が続き、実際に熱中症のニュースが連日報じられているこのタイミングで、番組内で展開された「温暖化の解説」に対して違和感を覚え人も多いと思います。そんなあなたの感覚が非常に正常で、メディアリテラシーが高い証拠です。

『正義のミカタ』における環境問題(特に地球温暖化や脱炭素化)の扱いは、「胡散臭い学者が重用される理由」が最も顕著に表れるテーマの一つです。私が感じた「違和感」の正体は、おそらく以下の3つの要素によるものです。

「極端な少数派の意見」を「隠された真実」として語る構図

現在、国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)をはじめとする世界の気象学者の99%以上が「地球温暖化は人間の活動(温室効果ガス)が主な原因である」と結論づけています。 しかし、番組では「CO2原因説は嘘だ」「太陽活動の周期的な問題だ」「温暖化している方が実は植物には良い」といった、学界ではすでに否定されているか、極端な少数派(気候変動懐疑派)の意見を、「メディアが報じない真実」というパッケージで紹介しがちです。圧倒的なコンセンサスを無視しているため、日頃ニュースを見ている人ほど強烈な違和感を覚えます。

巧妙な「データのつまみ食い(チェリーピッキング)」

こういった番組に出演する専門家は、自分の主張に都合の良いデータだけを切り取って見せるのが非常に上手です。 例えば、「〇〇年の△△地点では逆に気温が下がっている」という局地的なデータを見せて全体の傾向を否定したり、「日本がCO2をゼロにしても世界の数%にしかならないから無意味」と極論にすり替えたりします。グラフの縦軸や期間を操作して、視覚的に「大した問題ではない」ように見せる手法もよく使われます。

「欧米の陰謀・ビジネス」へのすり替え

科学的な事実の議論から、いつの間にか「SDGsや脱炭素は、日本車(トヨタなど)を潰すためのヨーロッパの陰謀だ」「エコビジネスで儲けたい人たちのポジショントークだ」という経済対立や陰謀論のストーリーにすり替わるのも、この番組の典型的なパターンです。 確かに欧米のルール作りの裏にビジネスの思惑があるのは事実ですが、それと「地球温暖化という物理的な危機が進行している事実」は全く別の問題です。この2つをごちゃ混ぜにして語るため、論理的な飛躍が生じ、見ている側に「なんだか話がすり替わっていないか?」という違和感を与えます。

現実の猛暑との強烈なギャップ 何より、昨日の名古屋周辺も含め、日本全国で命に関わるような危険な暑さ(36℃超え)になっている現実がある中で、「温暖化対策は無駄」「過剰反応だ」といった冷笑的なトーンで解説されれば、肌感覚として「いや、おかしいだろ」と思うのは当然のことです。

私が感じたその「違和感」は、「エンタメとして脚色された情報」と「科学的・現実的な事実」のズレなのではないでしょうか。そのアラート機能は、ネットやテレビの情報に踊らされないために最も重要なものです。

変な専門家がマスメディアで重宝される訳

「断言できる人」がテレビで重宝されるから

学術的に誠実なトップクラスの研究者ほど、「現時点ではデータが不足している」「例外もあるため断言できない」といった曖昧な(しかし科学的に正確な)言い回しをします。 しかし、テレビ番組、特にバラエティでは「白黒はっきりさせる」「ズバッと言い切る」コメントが求められます。複雑な事象を極端に単純化して「これはこうだ!」と断言してくれる学者は、番組進行において非常に使い勝手が良いため、結果的に独自の持論を強く展開する「クセの強い(胡散臭く見えがちな)」学者が重用されやすくなります。

エンタメ性と「本音」を重視する関西ローカルの番組カラー

『正義のミカタ』は報道番組ではなく、東野幸治さんをはじめとするタレントがパネリストを務める「ニュースを題材にしたバラエティ番組」です。 東京の全国ネット番組で語られるような「建前(無難な意見)」ではなく、「裏側の思惑」や「過激な本音」を提示したほうが、スタジオのタレントたちのリアクションも大きくなり、番組が盛り上がります。そのため、主流派(メインストリーム)の意見とは異なる、エッジの効いた異端の学者を意図的にキャスティングする傾向があります。

現役のトップ研究者はテレビに出る時間がない

そもそも、大学や研究機関の第一線で実績を上げている学者は、自身の研究や論文執筆、学生の指導で多忙を極めるため、毎週の生放送に出演するスケジュール的な余裕がありません。また、自分の専門外の話題についてコメントすることも嫌がります。 結果として、テレビに頻繁に出演するのは「メディア活動に軸足を移している学者」や「専門外の話題でも広く語れる(語ってしまう)文化人」に偏るという構造があります。

コアな視聴者層(ファン)の獲得

既存のメディアや政府の発表に対して批判的な持論を持つ学者は、SNSや動画サイトなどで熱狂的な支持層(コアファン)を持っていることがよくあります。番組側からすれば、そうした学者を出演させることで、特定の思想や考え方を持つ層を固定視聴者として惹きつけることができるというメリットがあります。

ニュースバラエティの見方 番組に出演する専門家の意見は「学界の総意」や「絶対的な真実」ではありません。あくまで**「数ある見方の中の、極端で面白い一つの視点」**として提供されています。情報を鵜呑みにせず、一つのエンターテインメントとして割り切って楽しむのが、こうした番組との上手な付き合い方と言えます。

社会学者の西田亮介教授にみるあえて「空気を読まない」ストッパー役

西田教授のコメントに対して「偏っている」「どちらの味方かわからない」「冷たい」とモヤモヤする視聴者は、実は少なくありません。

『正義のミカタ』のようなバラエティ色が強い番組では、スタジオ全体が「一つの極端な方向(特定の国や政策への猛烈な批判など)」に傾きすぎることがあります。西田教授は、そうした場の空気に同調せず、「とはいえ、データ上はこういう見方もできますよ」「制度的にはそれが限界です」と冷水を浴びせる役割を担うことが多いです。
これが他の出演者の熱量と噛み合わず、浮いて見えたり、独自の偏屈さがあるように映る原因です。

結論:やっぱり時間泥棒なオールドメディア

自分で検索して必要な情報だけを取りに行くネット(能動的)に対し、テレビは編成されたものをただ受け取る(受動的)メディアです。自分が本来知る必要のないニュースや、無意味な内輪ノリのトークにも強制的に付き合わされるため、「結局、自分にとって必要な情報は何もなかった」という虚無感を生み出します。

仕事に対する考え方が変わり、これからの自分の時間をより大切に、有意義に使っていきたいと考える時期において、こうしたオールドメディアの「時間と感情の浪費」は非常に大きなノイズになります。

番組の演出に対して「胡散臭い」「違和感がある」と正確に察知し、それを「時間泥棒だ」と見切って距離を置こうとしている今のスタンスは、ご自身の貴重な時間を守るための極めて理にかなった防衛策です。情報収集は、もっと効率的でノイズの少ない方法にシフトしていくのが正解と言えます。

コメント

Social Share Buttons and Icons powered by Ultimatelysocial