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愛知県の謎~私が愛知県を嫌う訳

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私の中の愛知県に対する疑念

私の中には愛知県に対して一つの疑念があります。なぜか愛知県内では報道も薄く、県民もなぜか興味が薄いのが不思議でなりませんでした。

愛知県知事とあいちトリエンナーレ

愛知県知事の大村秀章氏と国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」をめぐる問題は、主に2019年に開催された「あいちトリエンナーレ2019」における企画展の展示内容と、その後の対応に端を発しています。大村知事は同芸術祭の実行委員会会長を務めていました。

「表現の不自由展・その後」の展示中止 (2019年)

2019年8月1日に開幕した「あいちトリエンナーレ2019」内の企画展「表現の不自由展・その後」において、慰安婦を表現したとされる「平和の少女像」や、昭和天皇の肖像群が燃える映像作品などが展示されました。 これに対し、多数の抗議電話(電凸)や脅迫ファックスが殺到し、安全な運営が困難になったとして、実行委員会会長の大村知事は開幕からわずか3日後の8月3日に同企画展の展示中止を決定しました。この決定は、「表現の自由」をめぐる全国的な議論を巻き起こしました。

名古屋市との対立と負担金訴訟

展示内容に強く反発したのが、実行委員会会長代行でもあった河村たかし名古屋市長です。河村市長は展示の中止を求めたほか、名古屋市が支払う予定だった芸術祭の負担金(約3380万円)の支払いを拒否しました。 これに対し、大村知事が会長を務める実行委員会は名古屋市を提訴。長期にわたる法廷闘争の末、2024年3月に最高裁判所で名古屋市の敗訴が確定し、名古屋市に未払い分の支払いが命じられました。大村知事はこれを「当然で妥当な判決」と評価しています。

なぜ芸術家でもない津田大介氏を起用したのか

芸術家や美術展のキュレーター(学芸員)ではない津田大輔氏が「あいちトリエンナーレ2019」の芸術監督に起用されたことは、美術界でも異例の抜擢として当時から注目を集めました。

個々のセンスの無さが「絶望的」に感じます。どこに惹かれたのか?我々の税金を投じるに足る人物なのか?不信感しかありませんでした。

愛知の現代アートや芸術文化が、いま一歩盛り上がらないのは、こういった公金での「お遊び」が起因していると思ってます。

「情報整理能力」と「バランス感覚」への期待

当時の主催者側(大村知事が会長を務める実行委員会)は、公式な選考理由として「津田氏は、バランス感覚に優れ、また、情報を整理する能力にも長けていることから、いろいろなアイデアや意見を取り込んで、トリエンナーレを創り上げることができる」と説明していました。

メディア・アクティビストとしての「発信力」

ジャーナリストでありメディア・アクティビストでもある津田氏の知名度と、SNSやネットメディアを通じた強い発信力が買われました。これまでの既存の美術ファンだけでなく、現代アートに馴染みのない一般層にも幅広くアピールし、芸術祭の話題性を高める集客・PR効果が期待されていました。

「アート」と「ジャーナリズム」の融合

現代の社会課題を浮き彫りにするジャーナリズムの視点を持ち込むことで、これまでとは違う新しい切り口の芸術祭になることが期待されました。津田氏自身もオファーを引き受けた理由について、「アートとジャーナリズムは社会で実際に起きていることを問題提起するという共通点があると感じていた」と語っています。もうここで、このイベントが破綻していると感じます

過去のトリエンナーレへの参加実績

津田氏と同芸術祭は全く無関係だったわけではなく、6年前の「あいちトリエンナーレ2013」においてトークプログラムのゲストとして参加していました。この時に現代アートの魅力に触れていたことが、美術界という異分野からのオファーを受け入れる下地になったとされています。そんな程度で勤まるなら、もっと人選の候補はいたはずです。

選考のプロセスについて

この件については、大村知事が個人的な独断で指名したわけではありません。有識者による次期監督の選考委員会が開かれ、そこで候補として決定されました。津田氏本人の回顧によれば、自身のいないところで会議が行われ、2017年6月に愛知県の推進室から「2019年の芸術監督に選ばれました」と突然メールで打診(オファー)が来たとのことです。しかしながら、最高責任者の県知事としてはあまりにも無知と言わざるえません。それとも、愛知特異なオールドメディア(h新聞社)との結託なんでしょうか?

史上最低な芸術祭

結果として、津田氏は芸術監督として「参加アーティストの男女比を半々にする」という美術界で前例のないジェンダー平等の取り組みを打ち出して話題を集めました。しかしその一方で、ジャーナリズム的・政治的なメッセージ性を重視した展示方針が、「表現の不自由展・その後」をめぐる大騒動へと繋がる要因の一つとなりました。

芸術監督選考委員会のメンバー

津田氏を推薦・選考したのは、学識経験者や歴代の芸術監督らで構成された以下の7名の選考委員です(※肩書はいずれも当時のものです)。

  • 建畠晢(選考委員長):多摩美術大学学長・埼玉県立近代美術館館長(※あいちトリエンナーレ2010芸術監督)
  • 五十嵐太郎:建築史家・東北大学教授(※あいちトリエンナーレ2013芸術監督)
  • 港千尋:写真家・多摩美術大学教授(※あいちトリエンナーレ2016芸術監督)
  • 加須屋明子:京都市立芸術大学教授
  • 中井康之:国立国際美術館副館長
  • 藤川哲:山口大学教授
  • 水野みか子:名古屋市立大学教授

選考委員会には、それまでの「あいちトリエンナーレ」を率いてきた歴代の芸術監督(建畠氏、五十嵐氏、港氏)がすべて名を連ねていました。約2ヶ月にわたる議論の中で、過去の大会の実績を踏まえつつ、より広い層への訴求力や社会的な発信力を求めた結果、津田氏が推薦されるに至ったという経緯があります。

報道しない地元新聞社の息がかかったテレビメディア

中日新聞社が中京圏(東海3県)のメディアに与えている影響は、日本の「クロスオーナーシップ(新聞と放送の資本・人的提携)」のいびつさを象徴するケースとして、しばしばメディア論の俎上に載せられます。

特定の新聞社による圧倒的な影響力が、地元のテレビ報道にどのような構造的問題をもたらしているのか、具体的な要因は以下の通りです。

中京圏における「クロスオーナーシップ」の偏在

中日新聞は東海地方で極めて高い発行部数シェアを誇るブロック紙であると同時に、地元の主要なテレビ局に対して強固な基盤を持っています。

  • 広範な資本関係: 中日新聞社は、CBCテレビ、東海テレビ、テレビ愛知、さらに三重テレビなど、地域の主要局に大株主として出資しています。
  • コンテンツの紐帯: 中日ドラゴンズ主催試合の地上波放映権が、NHKを除けばこれらの中日系テレビ局にほぼ限定されていることからも、相互の結びつきの強さが伺えます。
  • 社論への忖度: 親元である新聞社からの役員派遣や歴史的関係から、テレビ局の報道部門が新聞社の論調(社論)に真っ向から反旗を翻すことは、構造的に極めて困難な環境にあります。

報道の均質化と「報道しない自由」

ひとつの巨大なメディア資本が「活字(新聞)」と「電波(テレビ)」の両方を握ることで、地域に流通する情報が単一のフィルターで選別されるリスクが生じます。

  • 論争の排除: 新聞社が後援・推進する地域事業(大型芸術祭や特定の大規模開発など)に対して、地元テレビ局が独立した立場で厳しい検証報道を行うハードルは高くなります。
  • 不都合な事実の黙殺: グループの意向や特定の政治的スタンスにとって不都合な事実が存在した際、足並みを揃えて「取り上げない(報道しない自由)」を行使すれば、地域社会においてその問題自体が「存在しないこと」として扱われてしまいます。

本質を覆い隠す「メディアノイズ」

テレビメディアが特定の方向へ世論を導こうとする際、その偏りは「何を報じないか」だけでなく「どう見せるか」という制作手法にも強く表れます。

  • 視線と感情の誘導: センセーショナルな言葉を並べた巨大なテロップや、画面の大部分を占める過剰な装飾は、視聴者の目を惹きつける一方で、物事の複雑な背景から注意を逸らす「メディアノイズ」として機能します。
  • 思考の阻害: こうした視覚的な情報過多は視聴者の心理的なストレスとなるだけでなく、冷静な状況分析を難しくさせます。結果として、行政の責任や制度の欠陥といった本質的な議論から、表面的な騒動や感情論へと関心が誘導されやすくなります。

特定のメディアグループが情報を寡占しやすい地域においては、画面上の派手な演出に流されず、「意図的に削られた事実はないか」を冷静に見極めるメディアリテラシーが不可欠です。

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