
遺族側の敗訴が確定 御嶽山噴火めぐり
2014年の御嶽山噴火をめぐる損害賠償請求訴訟において、最高裁判所は遺族側の上告を退ける決定を下しました。これにより、遺族側の敗訴が正式に確定しました。
戦後最悪の火山災害となったこの事案について、裁判の経緯と争点を整理します。
1.裁判の経緯と最高裁の決定
最高裁第3小法廷(渡辺恵理子裁判長)は、2026年1月21日付で遺族側の上告を棄却する決定を下しました。この決定により、国と長野県に対する約3億7600万円の賠償請求を認めなかった二審・東京高裁の判決が維持されました。
2.主な争点:気象庁の判断は「違法」だったか
この裁判の最大の争点は、噴火前に火山性地震が増加していたにもかかわらず、気象庁が「噴火警戒レベル」を引き上げなかったことが違法にあたるかどうかでした。
| 審級 | 判決の主な内容 |
| 一審(長野地裁松本支部) | レベルを引き上げなかった気象庁の判断は「合理性を欠き違法」と認定。しかし、「レベルを上げても被害を防げたとは限らない」として、因果関係を認めず請求棄却。 |
| 二審(東京高裁) | 当時の科学的知見に照らせば、レベルを据え置いた判断が「著しく合理性を欠くとは言えない」として、違法性そのものを否定し、控訴を棄却。 |
| 最高裁 | 遺族側の上告を棄却。二審の判決が確定。 |
3.遺族側の主張と背景
遺族らは「噴火の兆候があったのにレベル1(活火山であることに留意)のまま据え置いたのは不適切だった」と訴えてきました。2014年9月27日の噴火では、58人が死亡、5人が行方不明となり、登山者の安全を守るための情報のあり方が厳しく問われることとなりました。
今回の決定により、法的な賠償責任については決着がついた形となりますが、噴火予測の難しさや、迅速な情報伝達、避難計画の策定といった課題は依然として重要なテーマとなっています。
御嶽山噴火災害訴訟 2審も国の賠償責任認めず 原告の控訴を棄却(abnステーション 2024.10.21) – YouTube

余地は可能か
御嶽山で起きたような噴火を事前に予知することは可能かという問いに対して、現在の科学的な結論は「マグマ噴火はある程度の予測が可能だが、水蒸気噴火の予知は極めて困難」というものです。
今回の裁判で争点となったのも、正にこの「予知の限界」と「行政の判断」の境界線でした。なぜ予知が難しいのか、その理由を整理します。
例:安房峠道路での水蒸気爆発事故
北アルプス周辺での水蒸気爆発事故といえば、1995年に発生した安房トンネル(安房峠道路)での水蒸気爆発事故が有名です。日本のトンネル工事史上でも極めて特異、かつ凄惨な事故として知られています。
前の回答で触れた「水蒸気爆発の予知の難しさ」を象徴するような事案ですので、その概要と背景を詳しく解説します。
1. 事故の概要
- 発生日時: 1995年(平成7年)2月11日 午後2時30分頃
- 場所: 長野県安曇村(現・松本市)中の湯
- 被害: 工事関係者 4名が死亡
- 状況: 安房トンネルの長野県側トンネル口へと続く「取り付け道路」の工事現場で、突如として大規模な水蒸気爆発が発生。噴出した高温の土砂と、それに伴う土石流によって作業員が巻き込まれました。
2. なぜ爆発が起きたのか(原因)
この現場は、活火山である焼岳(やけだけ)やアカンダナ山の麓に位置しており、もともと地熱が非常に高いエリアでした。
- 熱水性爆発: 地下の浅い場所に溜まっていた高温の熱水や蒸気が、何らかのきっかけで不透水層(蓋のような岩盤)を突き破って一気に噴出しました。
- 火山活動との関連: 厳密には「焼岳の噴火」ではありませんでしたが、火山の熱源によって温められた地下水が引き起こした「火山のエネルギーによる事故」と言えます。
3. 工事への甚大な影響
この事故によって、安房トンネルの計画は大幅な変更を余儀なくされました。
- ルートの変更: 当初の予定地が危険すぎることが判明したため、トンネルの長野県側出口を北側へ約300メートル移動させました。
- 温泉宿の移転: このルート変更により、もともと出口付近にあった老舗旅館「中の湯温泉」が移転を余儀なくされました(現在の高い場所にある中の湯温泉はこの時に移転したものです)。
- 開通の遅れ: 1995年に開通予定でしたが、事故の影響で最終的な開通は2年後の1997年になりました。
4. 「予知」の観点からの教訓
この事故は、現在の「火山の近くでの工事」や「防災」の考え方に大きな影響を与えました。
- 事前の検知が困難: 事故の直前まで、地震などの明確な異常は観測されていませんでした。地下の熱水の動きを地表から完璧に把握することは、現在の技術でも非常に困難です。
- 活火山地帯の特殊性: この事故以降、火山地帯でのトンネル掘削においては、ボーリングによる慎重な地熱調査や、異常な高温を検知した際の避難マニュアルなどがより厳格に定められるようになりました。
御嶽山の裁判と同様に、この安房峠の事故も「地下で静かに進行するエネルギーの暴発をどう察知するか」という、科学と防災の難しい課題を突きつけた事例と言えます。
山岳帯での予知の難しさ
1. 噴火のタイプの違い
火山噴火には大きく分けて2つのタイプがあり、予知の難易度が全く異なります。
| 噴火の種類 | 仕組み | 予知の可能性 |
| マグマ噴火 | 地下深層からマグマが上昇して噴火する。 | 比較的高い。 マグマが動く際、山体の膨張や大きな地震が発生するため、観測機器で捉えやすい。 |
| 水蒸気噴火 (御嶽山のケース) | 地下のマグマの熱で地下水が沸騰し、圧力が限界に達して爆発する。 | 極めて困難。 地下の浅い場所で急激に起こるため、直前まで明確な予兆(山体の変化など)が出にくい。 |
2. なぜ御嶽山の予知はできなかったのか
2014年の噴火当時、以下の理由から「予知は不可能だった」とするのが現在の通説です。
- 前兆が小さすぎる: 噴火の数週間前から火山性地震は増えていましたが、同様の地震増加は他の火山でも頻繁にあり、必ずしも噴火に直結するわけではありませんでした。
- 「山が膨らむ」動きがなかった: マグマが上がってくるわけではないため、GPSや傾斜計による「山体の膨張」という決定的なデータが観測されませんでした。
- 突発性: 水蒸気噴火は、いわば「蓋をされた沸騰したヤカン」が突然破裂するような現象で、数分~数十分単位の非常に短い時間で急激に進行します。
3. 現在の「予知」に向けた取り組み
御嶽山の教訓を受け、現在では「完全な予知」ができなくても、「リスクを早めに知らせる」ための体制強化が進んでいます。
- 観測網の密度向上: 気象庁は常時観測対象の火山を増やし、より小さな地震も見逃さないようセンサーを増強しました。
- AIとビッグデータの活用: 過去の膨大な地震データと噴火事例をAIに学習させ、微細な予兆を検知する研究が進んでいます。
- 「空振り」を恐れない運用: 2014年当時は慎重だった警戒レベルの引き上げについて、現在は「少しでもリスクがあれば早めに発表する」という方針にシフトしています。
登山者がとるべき行動
御嶽山の訴訟や安房峠の事故が示す通り、水蒸気噴火を100%予知することは現在の科学では不可能です。そのため、登山者には「噴火は突然起こり得る」という前提に立った行動が求められます。
命を守るための行動を、「事前の準備」「登山中」「噴火発生時」の3つのフェーズに分けて整理します。
1. 事前の準備:生存確率を上げる
「予知」はできなくても「備え」はできます。
- ヘルメットの携行: 御嶽山での死因の多くは、噴火による噴石(飛んでくる岩石)でした。活火山に登る際は、たとえ警戒レベル1でもヘルメットを持参しましょう。
- 登山届の提出: 万が一の際、救助隊が「誰がどこにいるか」を把握するための唯一の手段です。オンライン(「コンパス」など)で簡単に提出できます。
- 火山の特性を知る: 気象庁のサイトで、その山の「噴火警戒レベル」と、どこに火口があるかを確認しておきましょう。
2. 登山中:五感で異変を察知する
データに表れない小さな兆候を登山者が先に気づくこともあります。
- 五感を使う: 「いつもより硫黄の臭いが強い」「地面が熱い」「聞いたことのないゴーッという音がする」「噴気の勢いが強い」と感じたら、無理をせず引き返す勇気が必要です。
- シェルターや山小屋の確認: 登山道沿いに、いざという時に逃げ込める頑丈な建物や岩陰があるかを確認しながら歩きましょう。
- スマホの通知設定: Yahoo!防災速報などのアプリで「噴火速報」を受け取れるように設定しておきます。
3. 噴火発生時:最初の数分が分かれ目
噴火に遭遇したら、1秒を争う行動が必要です。
- まずは頭を守る:
- ザックを背負ったまま頭に掲げ、少しでも防御力を高めます。
- 頑丈な岩の陰や、あればコンクリート製のシェルターに逃げ込みます。
- 「撮る」より「逃げる」:
- スマホで撮影するために立ち止まるのは極めて危険です。噴石は音速に近いスピードで飛んでくることもあります。
- 火口から離れる(風上、または横へ):
- 噴煙や火山灰、火砕流から逃れるため、できるだけ火口から遠ざかります。
- 火山ガスは谷沿いに溜まりやすいため、尾根伝いに逃げるのが基本です。
- 口元を覆う:
- 火山灰を吸い込むと呼吸困難や肺の損傷を招きます。タオルやマスクで口と鼻を保護してください。
まとめ
結論として、現在の技術でも御嶽山のような水蒸気噴火を100%事前に、かつ正確なタイミングで予知する「余地」はまだ確立されていません。 そのため、登山者自身のヘルメット携行やシェルターの整備など、「予知できないことを前提とした対策」が重視されるようになっています。
「山に入る以上、リスクは自己責任で負う」
重要な心得:セルフレスキューの意識
御嶽山の裁判でも議論されたように、「行政が止めてくれなかったから」という主張は法的に認められにくいのが現実です。
という意識を持ち、最新の火山情報を自分で取りに行く姿勢が、結果として自分や大切な人の命を守ることにつながります。


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