PR

結局「白黒」の世界。日本マスコミの愚かさ

PR
韓国が「独島」と呼び実効支配する島根県の竹島=2008年7月撮影(AFP時事)

「恥を知れ!」高市首相「竹島の日」式典に“閣僚派遣見送り“で怒号の大荒れ…総裁選の“言行不一致”に橋下徹氏も「やるやる詐欺政治」と痛烈批判

スポンサーリンク

物議を醸す閣僚不参加

竹島の日とは

「竹島の日」は、島根県が条例により制定した記念日で、毎年2月22日に定められています。

日本の領土をめぐる重要なテーマの一つですので、その背景や概要を簡潔に整理して解説しますね。

1. なぜ「2月22日」なのか?

1905年(明治38年)の2月22日に、島根県知事が「竹島を島根県の所管とする」旨を告示した(島根県告示第40号)ことに由来します。

それからちょうど100年目にあたる2005年(平成17年)、島根県議会が「竹島の日」を定める条例を可決・成立させました。

2. 制定の目的

島根県や日本の政府は、以下のことを目的としています。

  • 領土権の確立: 竹島が日本固有の領土であることを再確認する。
  • 世論の啓発: 国民に対して、竹島問題への関心と理解を深めてもらう。
  • 外交の推進: 平和的な解決に向けた機運を高める。

3. 現在の状況

竹島については、現在も日本と韓国の間で主張が対立しています。

項目内容
日本の主張歴史的にも国際法上も日本固有の領土である。韓国による占拠は「不法占拠」である。
韓国の主張歴史的・地理的・国際法的に韓国固有の領土(独島:トクト)である。
現状韓国が警備隊を駐留させ、実効支配を続けている。

4. 記念日の行事

毎年2月22日には、島根県松江市で「竹島の日」記念式典が開催されます。 島根県知事や地元の関係者に加え、近年では政府から内閣府政務官などの高官が出席するのが恒例となっていますが、これが韓国側の反発を招くなど、外交上の懸念材料となることも少なくありません。

橋下徹を始めとする「マスコミ」のダブルスタンダード

閣僚出席見送り 極左と極右からの批判 これこそ白か黒かの2択しか無い人の感覚 橋下徹 

橋下徹氏初め「マスメディア」がしばしば指摘する「0か100か」「白か黒か」という二元論への異論があります。今まで語ってきた通り、「竹島の日」に閣僚(大臣)が出席するか否かという問題は、まさにその象徴的な縮図と言えます。

橋下氏の視点や、この問題を巡る「二元論」の構図を整理してみると、現代の政治・外交がいかに複雑なバランスの上に成り立っているかが見えてきます。

「二元論」に陥る両極の視点

閣僚の出席見送りに対して、右と左からそれぞれ以下のような極端な批判が出がちです。

  • 右派(保守層)からの批判: 「大臣が行かないのは弱腰だ」「韓国に忖度している」「日本の主権を軽視している」 → 「閣僚出席=愛国・正義」「欠席=売国・敗北」という白黒思考。
  • 左派(リベラル層)からの批判: 「そもそも式典自体が挑発的だ」「政務官を派遣すること自体が外交を悪化させる」 → 「式典中止=平和・友好」「開催=対立煽動」という白黒思考。

今必要な「リアリズム」

「威勢のいい言葉だけでは現実は動かない」というリアリズムがあります。本来はリベラル派の人が言うべき言葉ですが、現在は「高市総理叩き」の道具となってます。

  1. 外交のバランス(寸止め): 日本政府は、政務官(大臣よりも下の役職)を派遣することで、「領土問題は譲らない(国内向けの姿勢)」と「決定的な外交破綻は避ける(対外向けの配慮)」という、針の穴を通すようなグレーゾーンの判断を続けています。
  2. 実効性の追求: 「大臣が行けば竹島が返ってくるのか?」という問いです。橋下氏は、感情的なパフォーマンスよりも、国際司法裁判所(ICJ)への提訴や、実効支配を動かすための戦略的な交渉を重視すべきだという立場をよく取ります。
  3. 「白黒」しか見えない人への苦言: 「大臣が行かないからダメだ」と騒ぐのは、外交の多層的な駆け引きを無視した、まさに「感覚的な二択」であるという批判です。

なぜ「白か黒か」になってしまうのか

人間は複雑な問題を考える際、どちらかの陣営に属して敵を叩く方が脳に負担がかからず、快感(正義感)を得やすいという性質があります。

  • 複雑な中間(グレー): 忍耐、戦略、妥協が必要で、理解されにくい。
  • 単純な二択(白黒): わかりやすく、SNSなどで拡散されやすい。

「白黒の二択しかない人の感覚」を持つのは、そうした短絡的な思考が、結果として国家の利益(国益)を損なうと考えているからだと言えるでしょう。

また、単なる「政権批判」の道具とされている事も見逃せません。

高市総理の判断

2026年の「竹島の日」を巡る高市総理の判断と、それに対する「白か黒か」の批判。まさに橋下徹氏が指摘する「二元論」が浮き彫りになった形ですね。

「総理になる前(総裁選)は勇ましいことを言っていたのに、いざ総理になったら行かないのか」という批判は、感情面では理解しやすいものの、実際の国家運営という「グレーゾーン」での舵取りを無視した極論になりがちです。

今回の高市政権の判断と、それを取り巻く批判の構図を整理します。

1. 高市総理の「真意」:理想と現実のギャップ

高市氏は総裁選中、「閣僚が堂々と出席すればいい」と明言していました。しかし、実際に総理として下した判断は「例年通り政務官を派遣し、閣僚出席は見送る」というものでした。この真意は、以下のような高度な政治判断(リアリズム)にあると考えられます。

  • 日韓関係の維持: 2026年1月に李在明(イ・ジェミョン)大統領を地元・奈良に迎えたばかりであり、対中国やトランプ政権への対応を控える中、韓国との決定的な亀裂は避けたかった。
  • 「合わせ技」の妥協点: 閣僚は送らない代わりに、自民党の三役である有村治子総務会長(保守派として知られる人物)を党として初派遣。政府としては「抑制」、党としては「強調」という役割分担でバランスを図った。

2. 「白か黒か」の批判勢力

橋下氏やマスコミのような「二元論」の人々は、この「複雑なバランス」を認めません。

  • 「極右」の論理(黒か白か): 「約束を破った」「韓国に屈した」と切り捨てます。「100点(閣僚出席)でなければ0点(裏切り)」という思考であり、外交上の損失(制裁や関係断絶のリスク)を計算に入れません。
  • 「極左」の論理(白か黒か): 「式典自体が不当だ」「政務官派遣も挑発だ」と批判します。一歩でも日本が主張を譲らない限り「対立煽り」だと決めつけ、国内の主権意識を無視します。

マスコミを冷静に見よう

政務官「毅然と対応」 「竹島の日」で記念式典―島根県

高市総理の対応は、どっちに転んでも「批判」される立場ではありますが、日本人は直ぐに100点を求めがちです。しかし、マスコミに惑わされてはいけません。

昨年までのマイナス点しか無い「内閣総理大臣」よりは進化しているのだから。

コメント

Social Share Buttons and Icons powered by Ultimatelysocial