やっぱり「日本の新幹線」を売らなくてよかった…日本を出し抜いた習近平がインドネシアで食らったしっぺ返しプレジデントオンラインのコラム(ジャカルタ日報編集長の赤井俊文氏による解説)
2015年に日本と中国が激しい受注合戦を繰り広げ、最終的に中国にひっくり返された「インドネシア高速鉄道(Whoosh/ウーシュ)」。当時は「日本が裏切られた」「中国に美味いところを持っていかれた」と大騒ぎになりましたが、現在の実態を見ると、「むしろ日本は巻き込まれなくて大正解だった」という見方が強まっています。
なぜ中国(習近平政権)が「しっぺ返し」を食らい、泥沼にハマっているのか、ポイントを分かりやすく整理しました。
走るほど大赤字の「時限爆弾」
開業したものの、利用者は想定の7割程度にとどまっています。
不便な立地
ジャカルタ側もバンドン側も、駅が都心から大きく外れた場所にあります。駅に行くまでに深刻な大渋滞に巻き込まれるため、利便性が最悪です。
高すぎる運賃
最安の席でも約2500円(30万ルピア)。現地の最低賃金(月約5万円)から考えると非常に高額で、一般市民は結局、半額以下で移動できる在来線やバスを使っています。
結果として、運営会社は2024年に約400億円(4.2兆ルピア)もの巨額損失を出しており、インドネシア側では「時限爆弾」とまで自嘲されています。
「貸した金が返ってこない」中国の大誤算
総事業費は約72億2000万ドル(当初計画から大幅に超過)まで膨らみ、その75%を中国国家開発銀行からの借款(ローン)で賄っています。 しかし、大赤字なのでインドネシア側は中国への利払いすら満足にできない状態です。中国側も自国の経済が冷え込んでいるため、返ってこない巨額の債務を抱え込んで頭を抱えています。
ニッケルやEVでも起きた「しっぺ返し」
今回の記事で特に注目されているのが、鉄道以外の分野でも中国が「自国ファースト」なインドネシア政府に振り回されている点です。 インドネシアは中国の資金を使ってEV(電気自動車)やニッケル産業を国内に囲い込み、中国企業へ税制優遇などを行ってきました。しかし最近、インドネシア国内の中国企業からなる商工会議所が「インドネシアの法規制は安定性と継続性を欠いている」と公式に不満をブチまける異例の事態が起きています。
結論として言えること 当時、中国は日本を出し抜くために**「インドネシア政府の財政負担(国家保証)なし」**という破格の(かつ甘すぎる)条件を提示して強引に勝ち取りました。
もし日本が意地になってこれを受注していたら、今頃このコスト超過や巨額赤字の泥沼を日本の税金や企業が背負わされていた可能性が極めて高いです。インドネシアという「タフで強固な自国ファーストの国」を相手に、甘い見積もりで飛び込んだ中国が、そのままツケを払わされているのが現在の構図です。
日本の新幹線技術は漏洩していないのか JR東日本とJR東海のスタンスの違い
「日本の新幹線技術は中国に盗まれたのか?」という問いに対する答えは、厳密に言えば「技術そのものは契約に基づいて合法的に渡ったが、その後の『扱い』において日本側の想定を完全に超える形で出し抜かれた」というのが正確な歴史です。
そしてこの問題の根底には、中国への技術供与をめぐるJR東日本(積極・容認派)とJR東海(猛反対派)の激しいスタンスの対立がありました。
両社の姿勢がどのように異なり、それがどう現在の結果に繋がったのか、構造を紐解きます。
中国への技術供与~当時の状況
2000年代初頭、中国の高速鉄道プロジェクトが立ち上がった際、日本・ドイツ・フランスなどの先進国が受注を競いました。結果として、中国は各国から技術を「つまみ食い」する戦略を取り、日本からはJR東日本の「E2系(はやて型)」をベースにした車両(CRH2)が導入されることになります。
JR東日本の高速・多車種展開を支える新幹線技術. ソース: Bloomberg / Bloomberg via Getty Images
JR東日本とJR東海のスタンスの違い
この中国進出の際、新幹線の2大巨頭であるJR東日本とJR東海は、全く正反対のスタンスを取りました。
| 項目 | JR東日本(松田昌士 氏ら) | JR東海(葛西敬之 氏) |
|---|---|---|
| 中国へのスタンス | 積極・容認派(ビジネスチャンス優先) | 絶対反対派(技術流出への強い警戒) |
| 基本思想 | 「技術は常に進歩する。古い技術(E2系)を売って稼ぎ、その資金でさらに新しい技術(後のE5系など)を開発すればいい」という思想。 | 「新幹線は車両・線路・運行システムが一体となった総合芸術。車両の技術だけを切り売りすれば、必ず真似され、将来のライバルになる」という思想。 |
| 実際の行動 | 川崎重工などとコンソーシアム(企業連合)を組み、中国への技術移転を含む契約に踏み切った。 | 頑なに拒絶。「のぞみ」の技術(700系やN700系)の提供を一切認めず、中国市場から完全に距離を置いた。 |
決定的な「ボタンの掛け違い」と中国の老獪さ
JR東日本や川崎重工が踏み切った技術供与の契約には、当然「提供した技術は中国国内でのみ使用し、国外への輸出や特許出願は認めない」という趣旨の条項(不開示・転用禁止合意)が含まれていました。
しかし、中国側はこれを巧妙に潜り抜けます。
- 「独自開発」のレトリック 中国は日本から得たE2系の技術(および独・仏の技術)を徹底的にリバースエンジニアリング(分解・解析)しました。そして、出力を上げたり内装を変えたりして、「最高速度を向上させたので、これは中国が独自に改良した新型車両(CRH380Aなど)である」と主張し始めたのです。
- 国際特許の出願 さらに中国は、これら「改良型」の技術を自国名義で国際特許出願しました。日本側は激怒したものの、契約の穴や国際法上の手続きの難しさもあり、有効な差し止めができませんでした。
- 世界市場でのライバル化 JR東海(葛西氏)が予言した通り、中国は「日本の新幹線より安く、同等以上の性能」を謳って、東南アジア(インドネシア、タイ)や中南米、欧州などの国際商戦に参入。日本が狙っていた輸出市場で、日本自身の手を縛った技術ベースの中国製車両が最大のライバルとして立ちはだかることになりました。
結果から見た現在の評価
時が経ち、現在の新幹線ビジネスを見ると、両社の明暗、そして当時の経営判断の是非が浮き彫りになっています。
安全思想とシステム一体型での海外輸出を目指すJR東海のN700S. ソース: Graham Lucas Commons / Getty Images
- JR東海の「正しさ」の証明 結果として、JR東海の「絶対に技術を切り売りしない」という思想は完全に正しかったと証明されました。JR東海はその後、システム一括(車両、信号、運行管理、安全思想まで丸ごと)での輸出にこだわり、台湾新幹線(台湾高鉄)の成功や、テキサス高速鉄道計画、さらにはインド高速鉄道(ムンバイ〜アーメダバード間)でのJICA(国際協力機構)を巻き込んだ「オールジャパン(新幹線システム丸ごと採用)」の受注へと繋げています。
- JR東日本・川崎重工の苦い教訓 川崎重工は後に中国側から「新幹線技術を盗んだわけではない」と公式に反論されるなど、国際ビジネスにおける地政学リスクの洗礼を受ける形となりました。この痛烈な教訓があるからこそ、その後の日本のインフラ輸出は「車両だけ売る」のをやめ、JR東海主導のような「運行システムと安全管理までパッケージで売る(真似できないブラックボックスを作る)」スタイルへとシフトしていくことになります。
総括 技術が「漏洩(スパイ行為などで盗まれた)」したのかと言われれば、スタートは「日本企業が自らハンコを押した契約による渡航」でした。しかし、その後の「独自開発と言い張って特許を取り、世界の競合になる」という中国のやり方までを見通せなかったという意味で、JR東日本の見通しは甘く、JR東海の危機管理能力が極めて盤石だった、というのがこの歴史のリアルな顛末です。


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